2010年01月15日 00:56
いろいろお世話になっている方の後祖母様が亡くなられました。心よりご冥福をお祈りします。
そんな折、11か月前に仮登録をした臓器提供意思登録に、あと1か月で本登録をしないと仮登録が無効になる旨メールをもらいました。別に "悩んで" いたわけでもなく、単に忘れていただけでして、本登録をしました。

脳死段階から、心臓、肺、肝臓、腎臓、脾臓、小腸、眼球、その他全て、なんでもご自由に使ってくださいというのが私の意思です。あちこち摘出され、残った "私" は、爪3枚かもしれません。遺族は気の毒かもしれませんが、それはそれで仕方ありません。
仏縁に恵まれた者の端くれとして、最後の修行、布施行です。日頃はたくさん執着していますので、せめて死に際してはすべて捨てようかと。
とはいえ、必ずしも仏教=積極的に臓器提供なわけではありません。意見は割れています。ですので、仏教者ではない方はもよとり、仏教徒の方であっても、違った意思の方もおられるでしょう。
おそらく争点は2つあって、一つは、臓器をやり取りすることそれ自体についての是非。提供を受ける側の人間を、それは生への執着だと指摘する人がいます。私自身は、臓器提供を受けて生き長らえようとするかは難しいところです。どちらかというと受けない考えです。
しかし、執着だろうがなんだろうが、生きたいという人がいて、かたやこちらはもはや生きられないのであれば、使ってください、というのが私の単純な答えです。
もう一点は、脳死は死なのか、という問題です。極めて稀に脳死判定後に生き返ったというエピソードがありますが、私が理解する限り、脳死=脳の不可逆的な機能停止であり、元に戻ることは原理的に起こりません。
繰り返しになりますが、様々な考えがあって当然です。提供する=エライ、ということでは全然ない。「私は提供しません」という方は、胸を張ってその意思登録をして頂きたいと思います(その選択肢もちゃんとあります)。
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